• トランプ政権のDEI撤回が企業に与えた影響と今後の展望

    はじめに
    トランプ政権(2017–2020年)は前政権の多様性推進策を覆し、連邦政府や企業のDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)に逆風をもたらしました。本報告書では、トランプ政権によるDEI関連規制・方針の撤回が企業に与えた過去の影響と、業界別の動向、さらに将来的な影響について包括的に分析します。


    1. トランプ政権期におけるDEI撤回の具体策と企業への影響

    トランプ政権のDEI関連方針撤回の内容

    トランプ政権は就任後、連邦政府内の人種・性別に関する研修を全面停止し、連邦機関・政府契約企業・助成金受領者に対し、人種やジェンダーに関する偏見教育を禁じる大統領令を発出しました。これにより、「体系的人種差別」や「無意識のバイアス」に言及する研修は「反米的」と見なされ、連邦契約企業も含め提供できなくなりました。また1960年代から続く**連邦契約企業への差別禁止と積極的差別是正措置(Affirmative Action)**を定めた大統領令も撤回され、契約企業に課されていた年次報告等の義務が撤廃されました。さらに政権はトランスジェンダーの軍務禁止などLGBTQ支援策の巻き戻しも行い、政府全体でDEI関連プログラムを終了させる動きを見せました。

    こうした連邦レベルの方針転換により、企業は法令順守の観点からDEI施策の見直しを迫られました。特に連邦政府と取引のある企業(防衛・IT等の契約企業)は、従業員研修や社内ポリシーを大統領令に照らして変更する必要に迫られました。例えば、マイクロソフトは2020年に人種差別抗議を受けて「2025年までに黒人の管理職・上級職を2倍にする」と公約しましたが、同年トランプ政権の労働省から「その目標は人種に基づく違法な優遇ではないか証明せよ」という調査を受けています。このように政権の介入リスクが現実化し、企業は多様性目標を掲げる際に慎重姿勢を余儀なくされました。

    雇用方針・人事への影響(採用・昇進機会等)

    トランプ政権下では、連邦政府による積極的な多様性推進策が後退したため、企業側の雇用方針にも変化が生じました。まず、新規採用や昇進で少数派を優先するような明確な数値目標やquota的手法は、逆差別との批判や法的リスクから敬遠される傾向が強まりました。実際、グーグルは2020年に設定した「採用者の多様性目標(歴史的に不足している人種・性別の比率向上)」を2025年以降は設けない方針に転換しました。同社はこの変更理由について、近時の裁判所の判断や政権の大統領令に従うためと社内通知で説明しており、保守的な政策環境が採用目標の撤回に影響したことを示唆しています。また金融業界でも多様性採用ルールの撤回がみられ、例えばシティグループは社内の採用面接における「候補者に必ず多様な人材を含める」という指針を2024年に取りやめました。これらの動きは、公正雇用法に抵触しないよう配慮すると同時に、政権や保守層からの逆風を避ける意図があると考えられます。

    ただし一方で、企業によっては昇進機会の公平性確保や多様な人材登用を引き続き重視し、「表向きの数値目標」は控えつつも独自にメンタープログラムやダイバーシティ採用枠を継続するケースもありました。特に多国籍企業や人材競争の激しい業界では、多様な才能を確保する必要性から、政権の方針転換後も内部では多様性重視の採用・人事を維持する動きが見られました。

    企業のDEIプログラムへの影響(研修・施策内容、予算など)

    トランプ政権の方針撤回は、企業のDEIプログラムそのものにも直接的な影響を及ぼしました。従業員向け研修では、公平性や無意識の偏見をテーマにしたトレーニングが「分断を生む」として問題視されたため、連邦契約企業の中には2020年の大統領令発令直後に関連研修を一時中止・内容精査する例が出ました。また、社内の多様性推進チームやプロジェクトの予算削減・規模縮小も散見されます。2023年以降、多くの企業が経費見直しの中でまずDEI担当部門をリストラする傾向が報じられており、この流れには政権の反DEI姿勢が背景にあるとの指摘もあります。実際、ウォルマートは人種的公平性センターの設立計画を更新せず、サプライヤー多様化目標の終了やLGBTQ評価指標(HRCの企業平等指数)への不参加決定など、複数のDEIプログラムを停止・縮小しました。同社は「より包括的な職場づくりの一環」と説明していますが、保守派活動家はこれを「我々の反『目覚め(ウォーク)』運動の勝利だ」と歓迎しています。このように、社内プログラムの見直し(研修内容の中立化、目標値の撤回、社外評価指標への非協力など)は各社で相次ぎました。

    その一方、企業文化としてDEIを根付かせてきた企業では、名称変更など工夫を凝らしつつ施策を継続する姿勢も見られます。例えば「DEI研修」を「リーダーシップ研修」に言い換える、あるいは「DEI部門」を「人材活用」や「社員エンゲージメント」という名称に変更することで、政策当局の目を意識しながら実質的内容は維持するといった対応です。実際、匿名ながら社内でDEIプログラムを拡充し、障がい者や世代多様性まで対象を広げている企業も存在すると報告されています。


    企業ブランド・社会的評価への影響

    DEI方針の変更は企業のブランドイメージにも影響を与えました。その影響は一様ではなく、二極化した世論を反映しています。多様性推進を後退させた企業はリベラル派から批判を浴び、逆にそれを歓迎する保守派からは支持を得るという構図です。ウォルマートやターゲットがDEI施策縮小やプライド商品撤去を決めた際には、一部顧客や従業員から失望の声が上がる一方、保守層は企業が「常識に立ち返った」と称賛しました。企業は市場の声に敏感にならざるを得ず、ある企業幹部は「DEI政策を見直すことで保守的な顧客層を取り込もうとする動きが出ている」と述べています。実際、トヨタ自動車や日産自動車は米国の保守系反DEI運動の標的にされたことを受け、LGBTQ支援の企業評価プログラムへの参加を取りやめました。これら日本企業は「多様性重視の姿勢は不変」と弁明しましたが、結果的にブランドの多様性イメージは後退したとの指摘があります。

    一方、DEI推進を堅持した企業はリベラルな顧客や投資家からの評価を維持・向上させました。例えばコストコやデルタ航空などは公に「反DEIの動きには与しない」姿勢を示し、従来の多様性施策を続行しています。アップルでは2024年に株主から「DEI方針を撤回せよ」との提案が出ましたが、大多数の株主がこれを否決し、トランプ氏がそれに不満を表明する一幕もありました。この事例では、企業のDEI継続が株主(市場)から支持された形であり、企業イメージも引き続き多様性尊重のブランドとして保たれています。総じて、トランプ政権期のDEI撤回方針は企業にとってブランド戦略の舵取りを難しくし、支持層によって賛否が割れる状況を生みました。


    企業の対応姿勢(DEI維持・推進 vs 方針撤回への追随)

    企業ごとの対応は様々で、明暗が分かれる結果となりました。大手企業の中には政権の方針に追随し、前述のように研修や目標を縮小する例が相次ぎました(例:ウォルマート、グーグル、ゴールドマン・サックスなど)。グーグルは採用ターゲット撤廃に加え、年次報告からDEIに関するコミットメント文言を削除しました。ゴールドマン・サックスも2025年初頭の年次開示で**「ダイバーシティ&インクルージョン」に割いていた節を丸ごと削除**し、数年前に掲げた多様性目標値も年度末で期限切れとしています。さらに同社は、新規上場企業に取締役の多様性を求める社内ポリシーも撤回しました。これらは「米国の法的環境の変化に対応する調整」と説明されています。

    しかし他方で、政権の圧力に抵抗しDEIを維持・拡大した企業も存在します。前述のコストコやデルタ航空のように公然と反DEI方針を拒否する例や、社名は明かさずとも密かにプログラムを拡充している企業もあることが報じられています。これらの企業は外部へのアピールこそ控えめにしていますが、「社内では以前と変わらず取り組みを続けている」とされ、従業員リソースグループ(ERG)の活動やインクルーシブな採用育成を粛々と継続しています。また、一部企業は政治的中立を装う戦略を取り、例えば「当社はメリット(能力主義)を重視しているが多様性も排除しない」というメッセージを打ち出しました。このように、企業ごとに遵守か反発かのスタンスが明確になった点もトランプ政権期の特徴です。